去年に続け!自転車で和倉温泉へ



2006年9月6日&7日


去年(2005年9月8日&9日)の旅で和倉温泉をじっくり味わった我々は、再び金沢から 北に向かってペダルをこぐことを決めた。去年は金欠のため(?)宿を安くしたが、 今年は海が見える部屋で晩飯を食い、寝たい。少々欲張ることにした。

贅沢をすればそれだけ高くなるのだが、客が少なくなるスペシャルデーを突けばかなり安くなることを知り、プランを練る。

宿は金波荘 今昔振舞(現在は湯快リゾート)にした。



9月6日の朝5時ごろ、出発。ほぼ1年前と同じように、朝のがら空きの とおりを自転車でかっ飛ばす。朝だけの特権だ。 前日に買っておいたバナナをロープでかごにつるし、今回こそは前回のように バナナにからかわれないようにした。

去年のように武蔵が辻の交差点を通過。5時25分。この七尾へと至る国道159号の起点を通過し、さらに加速。

森本あたりで北陸線と北陸新幹線の高架と並走する。七尾線の電車が 駆け抜けていった。津幡の手前で思いがけないことが起こる。またしてもあのバナナが 悪さをしてきた。なんとロープでつるした4本のうち3本が落下してしまった。 ここで取りに行くと自転車を止めることになり、気分が落ちるだろうから無視したが、 きちんとバナナ対策を打った今年までからかわれるとは、 ある意味バナナは永遠の敵なのかもしれない。

七尾線で言えば本津幡を過ぎたあたりで休憩をする。6時5分。あえて涼しい日を選び、気温は 20度を下回っているはずだが、かなり汗をかいていて背中がびっしょりとぬれている。

右手に七尾線を見ながら、ずんずん進む。国道159号の本線車道は高架化されていて あまり車の来ない脇の道を通れたので、気持ちがよかった。

しかし、この気持ちのよさはずっとは続かない。

宇野気の手前で、我々の行く先の空に暗雲がかかっているのが目に留まった。 どうせ通り雨だとたかをくくっていたが、少々不気味だった。多少雨が降っても どこかで雨宿りをすればよいと思っていた。

ところが、ぽつぽつ降り始めた雨が宇野気の町に入ってから強くなってきた。 これはまずいと工場らしき建物のそばにあった駐車場で雨宿り。天気予報では雨が降るとは言っていないのに、この有様だ。神様も意地が悪い。まあいい。20分ぐらい 待っていれば上がるだろう。

しかし一向に雨は上がらない。我々は近くのコインランドリーに移動し、 テレビで天気を確認したところ、驚いた。石川県全域に 大雨・洪水注意報 が 出されていた!我々は目の前が真っ暗になりかけたが、幸いさっきからの雨の原因である 寒冷前線が能登半島を東西に横切り、南下している最中らしいのでずっと降り続くようでは ないと分かって少し安心。なるほど、我々は金沢から北上して宇野気でちょうど寒冷前線と 正面衝突したわけか。もしこれが少しでも進むか遅れていたらびしょぬれだった。運がよかった。

6時40分から8時10分まで、1時間半近く宇野気で足止めを食らい、出発。 寒冷前線の通過後なので少し冷えた。我々にとってはちょうどよかった。

去年と同じように、七尾線で言う宇野気から横山、高松と進む。去年もそうだったが、 この辺の国道159号線は歩道が狭く、危ない。走りにくい。次回は別な道を通りたい。 石川県立看護大学を過ぎ、坂を下ると国道159号線と249号線の分岐点だ。 今年も右手側の159号のほうを進む。前日にどちらがよいか検証したところ、 国道249は羽咋市の市街地を通るが、それから先は富来方向に進路を変え七尾には 行かない上、七尾線から離れていることが多いので159号を通ることにした。

国道249号を分岐してからは道が広くなり、去年と同様かっとばせるようになる。多少上り勾配もあったが、力強くこげばなんら問題はなかった。 七尾線で言う敷浪の近くの宿東(どう読むのか?)パーキングで休憩する。この時点で朝9時。 バナナはその時食い尽くした。復路、ここで足止めになるとは我々は思ってもいない。




今年、またも悪さをしたバナナ 我々の永遠の敵なのか!?


宝達志水町を過ぎて、我々は異変を感じる。去年とは明らかに違う。 それは北風、向かい風である。寒冷前線の通過後は必然的に北風が吹くのだが、 この風は我々の敵である以外何者でもなかった。

こいでもこいでも加速しない!時速25km/hも出せていなかったろう。 ずっと坂道を登っているような感覚だった。おおよそ1kmごとに現れる 起点(金沢の武蔵が辻)からの距離表示がなかなか現れず、精神的にも参ってきた。こいでもこいでも次の距離表示が出ず、へとへとになったところで ようやく出てくるというものだった。こんなに1kmが長いと感じたことはなかった。

筆者の記憶が正しければ、起点から35〜40キロから北風の影響が強くなった。去年はかっ飛ばせた羽咋過ぎも、今回はノロノロで北風との格闘となった。 去年のかっ飛ばしは幻だったのか・・・ もどかしくてたまらなかった。

あと15kmぐらいのところで腹は減るわ足は痛くなるわでさらにしんどくなってきた。 目の前にショッピングセンターがあるが止まらない。ここで止まると調子を取り戻すのに時間がかかる。もう七尾まで突っ走るしかなかった。


ここで今回の旅の計画の話をしよう。

筆者の自転車は去年の和倉行き、それだけでなく何度にもわたる遠征で 相当くたびれていてた。今年で買って7年目で、タイヤの交換は前後輪共に2回、ギアは すでに痛んでいた。さらに今夏には前輪の表面に亀裂が発生、自転車屋に持っていったところ 店のおじさんに10年は乗ったのではないかと言われた。それだけでなく、長距離走行は やめたほうがいい、もし行くなら、壊れる覚悟で行くべきだと言われた。そんなわけで 自転車は一切修理せず、壊れたら最寄の七尾線のどこかの駅に捨て、電車を使うこととした。 無事往復できるかは神様次第ということだ。


話を元に戻し、Denkoの自転車はギアが痛んでいる上にサドルが低い(前述の修理のときも直せなかった)ので身体への負荷が大きく、 エネルギーロスが少ない自転車に乗っている友人M氏との差は大きくなった。やはり買い換えたかったが予算不足のため諦めざるを得なかった。


足が棒になりそうになったところでようやく七尾の市街地に入る。気が付けば風が弱くなっていた。助かった。あともう少しだ。歩道は狭くなったが 疲れのため飛ばせないので気にならなかった。

七尾市の川原町というT字路に突き当たり、ここで国道159号が終わる。やった、国道159号の終点に達した!去年は楽に着いたが、今年はへとへと。自然の恐ろしさを身をもって知らされた。
去年のように七尾でゆっくり休んでいると和倉温泉12時18分発の能登島行きバスに間に合わなくなるため、休むことなく七尾を通過し、和倉温泉駅へと向かう。足が痛いのは相変わらずだが、あと少しの辛抱だ。

七尾の町を横切り、海沿いを行くことにした。約一年ぶりの日本海、うれしかった! 午前中の悪天候のため荒れていたが、(友人M氏曰く、七尾湾にしては波が荒い)やっと能登半島の海と対面できたという思いだった。

七尾線にほぼ並行した国道249号を行く。まだ所々歩道がない区間があり、危ない。工事しているところもあったが、安全のために早く作ってもらいたい。

もうすこしで和倉温泉駅。まだ11時半過ぎ。前述の12時18分発の能登島水族館行きバスには余裕を持って間に合いそうだ。そう思って最後のひと踏ん張り。


ところが!  そこで異変が!


左ひざの裏がズキッと痛み始めた!

その上、すぐ後に右足のひざもやられた!



行く先から吹いてくる北風のため、もう1時間近く連続して坂を上り続けているのと 同じ状態だ。とうとう身体のほうは限界に達してしまった。

幸い、両足とも痛んだ部分の筋肉を収縮させなければそれほどしんどくないので 慎重にこげば進むことができた。

もう和倉温泉駅は目の前だ・・・・ すでに目の前には和倉温泉駅があった。先に進んでいたM氏が待っていた。


11時45分、やっと着いた!


去年は4時間ほどで着いたが、今年は足止めを食らい、さらに逆風のため 6時間半もかかってしまった。しかも、エネルギーをすっかり使い果たし、 足は壊れてしまった。エネルギーの枯渇はともかく、足の故障は初めてだ。 我々は自然の恐ろしさを身をもって知った。


我々は着いてすぐに、エネルギーの枯渇による強烈な空腹に襲われた。 Denkoは和倉温泉駅でポテトとアイスを買い一気食いをしたが、 全く腹の足しにならなかった! これぞ焼石に水 ならぬ 空腹に菓子 だ!

しかし、よく考えてみよう。サイクリングは30分で100kcal以上消費する。仮に風がなく 時速15キロ程度で走ったとしても、今回と同じく4時間こげば800kcal以上 消費することになる。ましてこの日は風が出る前は目標時速を25km以上、風が出てからは 上り坂を登っているのと同じ状態だったので、1000kcal以上は消費しただろう。 「空腹に菓子」でも仕方がないのだ。




やっと着いた和倉温泉駅 去年よりずっとエネルギーを使った


ここで行きの走行データを提示しよう。


場所起点(金沢市郊外)
からの距離
時刻区間速度
出発0km5:15----
武蔵が辻(国道159号の起点)4km5:2524km/h
本津幡(休憩) 着19km6:0523km/h
〃 発6:30----
宇ノ気(雨による足止め)24km6:4030km/h
〃 発8:10----
宿東(休憩) 着39km9:0018km/h
〃 発9:30----
七尾68km推定11:20----
和倉温泉駅 着74km11:4516km/h
所要時間 計6時間30分
走行時間 計4時間
平均速度
(停止時間を含む)
74km / 6時間30分 ≒ 11.4 km/h
平均速度
(停止時間を含まない)
74km / 4時間 = 18.5 km/h


宿東あたりから逆風ノロノロ運転になったので平均15kmも出ていないと思っていたが、そうでもなかった。


数々の障壁や想定外があったが、予定通り12時18分和倉温泉駅発のバスに 乗ることができた。バスの時刻にこだわる理由は、去年は次の14時28分に> 乗ったので能登島をじっくり見物できず、(最終は能登島水族館発17時10分) 悔しい思いをしたからだ。金沢から和倉まで半日で行けると分かった今、 少ない本数のバスに合わせて余裕を持って旅のスケジュールを立てた。





ぐねぐね波打つ能登島大橋を渡る。何度渡っても気持ちがいい。 午前中とは違って晴れているが、快晴だったら言うことはない。

去年もそうだったのだが、バスは曲がりくねって急な坂が連続する能登島の道路を 思いっきりぶっ飛ばす。運転手は去年と同じ若者で、(そもそも運転手が少ないのだろう) 座っていてもつかまっていなければ転げ落ちそうなほど豪快な運転だった。 帰りに分かったのだが、どうやらバスの運行ダイヤに余裕がないかららしい。 帰りも行きと同じようにおもしろいように飛ばしたのだが、遅れていった。


そして待望の能登島水族館。


水族館の入り口は海を見下ろす丘の上にあり、いい眺めだ。そして水族館全体が能登島の奥にあるためか静かで落ち着いている。

今年も発見があった。

入って最初に目に入る巨大水槽のブリか何かの魚で、長い時間口をガバーっと 開けながら泳いでいるものがいるのだ。



こいつはまだ序の口で




こいつなんかはアゴが外れるのではないかというほど口を開けている。


プランクトンを主食とする魚が口を開けながら泳ぐというのは聞いたことがあるが、 これほど大きく開けるものとは思っていなかった。なんともひょうきんな姿だ。


ひょうきんな姿といえば、これも。



魚を真正面から見ると、ミサイルや魚雷に見える。(写真中央のやや上) 水の抵抗を小さくするためにこの形であるのは当然といえば当然だが、ユーモラスな姿だ。


他の水槽も面白い。




色鮮やかな熱帯魚が泳ぎ回る




ニモことカクレクマノミ 魚は絶えず泳ぎまわっているのでうまく撮るのが難しい


去年見なかったもののひとつに「ドクターフィッシュ」がある。 「ドクターフィッシュ」はあくまであだ名で、正式名は「ガラ・ルファ」といい、 コイ科の魚でトルコを中心とした西アジアに生息している。 成魚の体長は5cmほど。(水族館のは3cmぐらい) 人が手足を川に入れると、_なんと皮膚をなめて(?)掃除してくれるのだ。 彼らは歯を持たないので皮膚を傷つけられることはなく、なめられる感触は くすぐったい。角質を食べているといわれている。皮膚病を治すとも言われている。

筆者が水槽に手を入れたところ、すぐに何匹もの魚が寄ってきて皮膚をなめた。 片手全体で15匹はいたか。手の表面にいるのだが、捕まえることはできなかった。 どうやってもすばやく逃げられる。友人のM氏も試みたが捕まえられなかった。

また、おもしろいことに、寄ってきて手をなめる魚の数には個人差があるようだ。 我々が見た人はおおよそ片手あたり10匹ぐらいだったが、筆者が水槽に手を 入れたときは、前述のように15匹ぐらい寄ってきた。 Denkoの手は大きめだからというのもあろうが、 なぜこれほど寄ってきたのかは分からない。


我々は光と音のマダイショー(音でタイの群れを操る)、アザラシの給餌など見ることができるイベントは全部見た。

そしてイルカショー。



今年からは1頭仲間が増えたようだ。




よくぞ水面を蹴るだけでこれほど跳べるものだ。




能登島からは能登半島が目と鼻の先 小さな島も見える



我々は水族館の閉館時間である5時まで見ていた。そしてバスで和倉へ戻る。水族館から乗ったのは我々2人のみ。


運転手は行きと同じで、曲がりくねって急な坂がある能登島の道を行きと同じようにぶっ飛ばす。

途中から客が増えた。 旧能登島町役場(数年前に七尾市に吸収合併・その前は一島一町)で 島でただひとつと思われる能登島中学校からの生徒がたくさん乗ってきて、 能登島大橋の手前の停留所で乗り換えた。なるほど、島は地形の関係上 自転車通学が難しいのでバスに頼っているのか。




能登島大橋を渡り、和倉温泉に戻る。


和倉温泉駅に着き、自転車に乗って和倉温泉の温泉街に向かう。 言うまでもなく、今日泊まる金波荘 今昔振舞に行くためだ。 午前中に和倉温泉に着いた時は足が痛んでいたが、この時点では幾分 よくなっていた。きっと能登島水族館の癒しの効果だろう。


今昔振舞の目に前に着き、はっと思った。ここにはかつて泊まったことがある! 確か高校2年の春、七尾での合唱部の演奏会のときに泊まった! 当時、いい宿だと思ってまた来たいと思っていたが、それが叶ったわけだ。


宿を入ってすぐ、思った。やけに客が少ない。 そうだ、今日は平日なんだ。我々は一番安くなる平日を選んで来たんだ。 去年もそうだったが、少々さびしい気もする。

部屋に入って我々はびっくり!部屋が海の真ん前だ! 予約段階で全室海に面しているのは知っていたが、やはり本物となると心が騒ぐ。





まず風呂に入って長旅の疲れを落とす。今年は特にエネルギーを消費した上 体への負担も大きかったので温泉の効果がはっきり出るだろう。

大浴場には純金浴槽なるものがあった。 高級感があふれ、重厚さがあっていい感じだ。ここで体を思い切り伸ばし、疲れの因子を開放する。 大浴場も誰もいない。本当に我々のみだった。


30分ほど入るつもりが、気持ちよさのため1時間も入ってしまった。 我々は腹が空いていることをすっかり忘れて温泉を満喫していた。

部屋に戻り、夕食。うまいものがいっぱい出た。ひどく空いていた筆者の 腹をすっかり満たしてくれた。能登のうまいものをたくさん食べ、我々は大満足!


食後、去年のように温泉街をぶらつくことにした。 これがまたおもしろく、情緒が感じされる。 客が少ないのは我々が泊まる金波荘 今昔振舞だけではないのはもちろんで、 他に温泉街を歩く人は少なかった。去年より少なかっただろう。 例のごとく足湯につかる。去年と同じく、噴水のような格好のやつに腰掛け、つかる。 本来つかっていいのか分からなかったが、つかっていた。 腹は膨れていたので温泉卵はやめておいた。

宿に戻り、筆者は露天風呂に入りにいく。M氏は疲れのため先に寝た。 露店風呂で残りの疲れの因子をすべて開放した。ここも誰も来なかったので Denkoだけで独占できた。能登の海風に当たりながら30分ほど入っていたと思う。 これで足はすっかり治っただろう。疲れも取れただろう。

風呂から上がって、宿の中をうろついていた。本当に誰もいない。 シーズンなら賑わっているであろう大部屋は真っ暗で、ロビーは静まり返っている。 このなんともいえぬ不思議な感覚 (寂しさと言えばよいのか?) が今でも残っている。

この不思議な感覚を心に留めつつ、部屋に戻って明日のために目を閉じた。



朝8時前に目覚めて朝食に行く。朝食も海が目の前だ。気持ちがいい朝だ。 ここで我々の心配事が再び呼び覚まされてきた。宿到着から気になっていたのだが、 この日のの天候により我々のスケジュールは大きく変わってくるのだ。 もし晴れれば去年のように穴水より先に足を延ばすのだが、悪くなるようなら 早めに金沢への帰途につかなければらない。

天気予報によれば、午前中曇りで午後から雨だった。 我々は北上を断念し、午前中に金沢へ戻り始めることとした。

宿でゆっくりしてエネルギーを充電した後、まずは七尾へ向かう。途中で足す エネルギー源を手に入れるためだ。スポーツドリンクやチョコレートとともに、 帰りこそはからかわれまいと思い、バナナも買った。

10時40分、七尾出発。エネルギーは十分にあり、体の痛み、疲れはまったくない。 昨日の水族館や温泉ですっかり回復できたようだ。 行きと同じ道、すなわち国道159号を飛ばす。七尾の市街地を出てからはよりいっそう 力を入れてこぐ。早くつかないとまた足止めを食らいかねない。 空は今すぐ雨を降らせそうには見えなかったが、そのうち降らせることは間違いない。

ところが、走り始めてから30分ほどで雨が降り始めてきた。
無視できない雨だった。このまま走り続けるとずぶぬれになって冷える上、 メガネがやられて危ない。やむなく中能登町のあるパーキングで雨が上がるまで待った。


20〜30分ほど待ち、雨が弱くなったところで出発。 完全に雨が上がるとは思えなかったので、出発した。 本降りにならぬうちにできるだけ金沢に近いところまで行こうと、力強くこぐ。 行きとは違って逆風は吹いていない。少々寒かったが、全速力でこげば熱くなるので ちょうどよかった。中能登町を抜け、羽咋市、宝達志水町と進む。

去年パンクしたあたりで、再び雨が強くなってきた。 やむなく歩道橋の下で二度目の足止め。 ここでエネルギー源を半分以上食い尽くしてしまった。自転車をこぐための エネルギーのほか、体温を維持するのに使われたのだろう。


ここでも30分ほど待った。少し弱くなったところで出発。そうは言っても 中能登町での出発時より強かったが、ここでもたもたしていると 金沢に戻れなくなる恐れがあったのでためらわずこぎだした。 頭やメガネが濡れないよう筆者はタオルを頭に巻いた。異様な格好だっただろう。

恐れていたことが現実になりそうだった。我々は全速力で こぎつづけた。油断していれば本当に金沢に戻れなくなる。トラックなど大型の車が来て怖い思いをしたが、とにかくこぎ続けた。


またまた雨がひどくなってきたので、宿東のパーキングで3度目の足止め。 七尾から30km、半分の手前だ。12時20分。 しかし、今度の雨は激しい。 仕方なく待つことにした。さっきの二回の足止め時のように、 上がってくれるのを祈るしかなかった。


30分ほど待ったが一向に上がる気配はない。それどころか、さらに激しくなってきた。 時折雷が鳴り、寒くなってきた。行きもここ宿東で足止めを食らったが、 雷が鳴ったり寒くなることはなかった。

1時間が経つ。待ちきれずにバナナを食う。 憂さ晴らしにバナナの皮を駐車場裏の林に投げつけた! そしたらなんと、皮が木の枝に引っかかった!




画面中央付近に枝に引っかかったバナナの皮が・・・




上の拡大 こんなこともあるのか・・・


雨による足止めで気持ちが荒れていたからこんな行動に出たのだろうか? 今考えてみるとなぜあんなことをしたのか分からない。 動機は何であれ、皮は肥料になって林の恵みになるだろう。


・・・・・

・・・・・


1時間半待ったが、まだ上がらない!

我々は寒さのため震えていた。いろいろ文句を言って体を暖めようとしていた。

足止め開始から1時間あたりから、ひょっとしてこれは当分上がらないのでは、 もしそうなら強行突破せざるを得ないか・・・・と思っていた。

筆者としては風邪や事故は避けたかったので、もし強行突破するなら最寄の 七尾線の駅までとし、そこからは自転車を置いて電車で帰るとM氏に話した。 M氏はなんとしてでも金沢まで自転車で走りきると言った。

両者の方針が割れたので、ここ宿東で解散となった。 足止めから1時間30分過ぎの3時ごろ、ひどかった雨がほんの少し弱まり、 M氏は先に自転車で金沢へ向けて走っていった。どうか無事に着くよう祈る。 Denkoはあと少し待って、最寄の七尾線の駅に駆け込むこととした。

たしか国道159号はこの辺では七尾線に寄り添っていたはずだ。最寄なら金沢方向に少し行った所の宝達駅あたりだろう。


3時30分、足止めから2時間、ついに筆者も強行突破!
体が幾分冷えていたので、力強くこいで暖めようとした。しかし雨がひどく冷たく、冷えるほうが勝っている。手は感覚がなくなる一歩手前で赤い。まるで冬だ。

国道を思い切りぶっ飛ばす。下り坂なので相当スピードが出る。とっくにズブぬれ、 手の甲には感覚がない。林を抜け、道が平らになると七尾線が右手の見えてくる。 宝達駅はこの辺に違いない。近くの踏み切りに行き、左右を見て駅らしきものを探す。

しかし駅らしきものはない。七尾方向には七尾線唯一のトンネル、宝達トンネルが口をあけている。 あれ?そういえば、宝達駅は宝達トンネルの七尾側だっけ?

どうやら行き過ぎたようである。全身ズブぬれで寒いので、坂道を引き返す力も 気力もなかった。仕方ない、次の駅だ。たしか免田(めんでん)駅だったか。


相変わらず雨が強く振る中、またこぎだした。飛ばすと当たる風が強くなり、 力強くこいで得られる熱以上に冷やされる。エネルギーの無駄遣いになるので ペースを落とした。

国道259号の合流点が見えてきた。確か免田駅はこの辺だ。 線路の近くに行って駅の位置をチェックし、近くの集落に入っる。 駅への案内は無い。地元の人しか使わないとはいえ、駅への案内はほしい。

ようやく免田駅。これで雨の中を走らなくて済む。自転車はここの自転車置き場で 数日間お泊まりだ。筆者はホームの待合室に入る。


寒い寒い!
 

ずぶぬれでしかも気温が下がっていたため、寒くて寒くてたまらなかった。 早く列車が来てほしい。そう思って腕時計に目をやる。


なんということだ。


腕時計が壊れてしまった!


いつぞやに固い床に落としてしまったために、ガラス板が一部割れた上に 秒針が落ちてしまったが、分針と時針が生きていたので使ってきたが、 さっきの雨への突入で割れ目から雨水が入り、とうとう動かなくなってしまったようだ。 いつかはだめになると思っていたが、そのときが来たのだ。

列車がいつ来るかは分からないが、少なくとも七尾線には上下各々に1時間に一本ずつ あるので、それほど待たされないだろうと思っていた。




壊れた腕時計 写真では分かりにくいが、文字盤を覆うガラス板の右端が欠けている。


免田駅に着いてからおよそ20分後、電車が来た。やっとこれで帰れる。 すぐさま座って寝ようとした。相変わらず雨が降り続き、服が乾かないので 寒かったがすぐに寝てしまった。


次は敷浪、敷浪・・・

車内放送でふと目を覚ます。敷浪?免田から金沢寄りだっけ?それとも七尾寄り? まあいい。再び寝た。


次は南羽咋、南羽咋・・・

なんだって!? 南羽咋だって!?

この車内放送ですっかり起きてしまった。どうやら逆走していたようだ。 金沢ではなく七尾方向に向かっているようだ。

寒さから逃れたいということばかりが頭にあり、免田で電車に乗るときに行き先を確認しなかったのが まずかったようだ。仕方がない。次の羽咋で降りて金沢行きに乗ろう。

羽咋に着いた。まだ雨が降っていて寒い。筆者は改札口には行かず、金沢行きの2番ホームに 向かう。ところが、風でホームはひどく寒い。やむなくホームの跨線橋の中で待つことにした。

ただ、ホームよりましとはいえ跨線橋の中も寒い。

いつ列車が来るのか分からず、足踏みをしたりポスターを見たり寒さに耐えながら 待った。誰も来なかったので、怪しまれなかった。


30分ほど震えていて、大阪行き特急サンダーバードの改札を始めるという放送が鳴った。 ひょっとしたらこのサンダーバードのすぐ後に金沢行き普通列車が来るかもしれないと 思うと楽になってきた。

サンダーバードは6両で来た。乗車率は5割りほどか。平日にしては乗っているほうであろう。 羽咋からは15人ほどが乗った。寒さと格闘していたDenkoはこのサンダーバードに乗ろうという気が かなり強かったが、金が無い上不正はよくないと思い、乗らなかった。

案の定、サンダーバード発車後すぐに金沢行き普通列車の改札を始めると案内があった。 ふう、やっと帰れる・・・・


こうしてやっと今年の能登の旅を終えた。家に着いたのは夜7時過ぎ。その日いっぱい 体が熱かったが、幸い風邪を引くことはなかった。

M氏は何とか2時間近くかけて自宅に着いたと連絡があった。途中倒れるのではないかと 思うこともあったが、何とか着いたと話していた。確かに、あの雨の中を2時間も走っていれば 体温を奪われてそれを補うためにたくさんのエネルギーが消費されて、フラフラになっても おかしくない。よく走りきったものだ。

今回の旅では自然の恐ろしさを身をもって知る機会となった。 これほど風というのが恐ろしいとは思ってもいなかった。天に裏切られるほど 怖いことはない。今回の旅での教訓だ。当たり前といえば当たり前だが、 頭ではなく体で分かったという点で大きな収穫だ。

免田駅に置いていった自転車を忘れてはいけない。後日、(2日後の9月9日)取りに行った。
そのときの様子はここ


数日後に地図で宿東から一番近い駅がどこか確認したところ、宝達ではなく 宿東課や少し七尾寄りにある敷浪だった。1kmなかった。もしこのことを知っていたなら、 ズブぬれになって冷えることなどなかったかもしれない。


来年は天にお願いをして裏切られないようにしよう。そしてできるなら穴水より先、 輪島まで行きたい。今昔振舞にも、もう一度行きたい。



END


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