魔界極東都市エソテリア



原作:東方星蓮船(上海アリス幻樂団)
原曲:魔界地方都市エソテリア ・ 感情の摩天楼 〜Cosmic Mind
作曲:ZUN(上海アリス幻樂団)
アレンジ:chiquchoo(Presence∝fTVA)


楽譜音源


 最初はバガテルとして作り始めた曲が、ここまで化けました。ポストTEMPESTの筆頭といえる東方アレンジです。

 和音の連打というネタに私が最初に食いついたのは、2008年、当時私がいた名古屋大学ピアノ同好会でロシア系が流行った頃です。ラフマニノフの前奏曲23-5を聴いて「お、いいな」と思って弾こうと思ったのですが、流石にアレンジやりながらの余力では無理だったので断念。しかしそれ以来、この和音連打のアイデアはどこか頭の片隅にはあったのだと思います。そしてこのアイデアは、東方星蓮船で「魔界地方都市エソテリア」を聴いて「幻想郷の主題によるバガテル」第3段として復活しました。ロシア・東欧系の雰囲気だけど、ロシアで地方都市って言ったら極東だよねーという思い付きで曲名も早々と決定。エソテリアの部分だけ、よく遊びで弾いていたりしました。

 が、流石にエソテリアの旋律だけではつまらないので、構成を組むことを考えます。当時はバガテルだったので三部構成でいいやーとちゃちゃっと決めたはいいのですが、三部構成を持ちつつも色々と工夫した「陽気な足踏み」や「Bagatelle:東方妖々夢」などと比べると、単純な三部構成では余りに劣ってしまうし、第一それでは面白くない。単純な三部構成のレベルを超えて主題再起を山と用い、重厚な構成を組むことで成功したのが「TEMPEST under the ground」ですが、この曲の構成は複雑過ぎて難しいし、どうしても曲が長大化してしまいます。

 この2点を同時に解決するものとして思いついたのが「引き算」でした。本来確実に出てくるだろうと構成上予想できる旋律を、出さずにおくのです。たったこれだけのことが、構造が掴みやすい簡単な三部構成でありながら、最後の最後まで「面白い」曲に仕上げることを可能にしました。


 が、実際に作っていく上では、これはこの曲を作っていった上での「3つのヤマ」のうちの1つ目、つまり“序の口”でした。構成が決まって前半と後半の大枠が見えたのはいいのですが、さて真ん中どうしましょ?という問いに当然突き当たりました。いや、前半と後半は大まかに弾いて遊べるほど出来上がってたのに、中盤は全く何も考えていなかったのですから笑えます。

 で、いいものが思いつかなかったので、「通勤の電車の中で、毎日星蓮船の全曲をエンドレスリピート」して探す羽目になりました。ところが探したどれを組み合わせても綺麗にいかない。で、最後に半ば消去法で残った旋律を入れてみたら、本当にこれしかなかったというのが現在の中間部を担っている「感情の摩天楼」だったりします。

 ええ、見つかってみると、本当にこの曲しかありえなかった。エソテリアが連打と「引き算」の構成を生かしてがっちりと雰囲気を作っているこの曲において、真ん中はある意味「雰囲気を一度変えられれば何でもいい」とさえ言えます。ところが実際に入れてみると、並大抵の曲では、切り替わり目で雰囲気を一発で構築できないのです。「感情の摩天楼」のメインメロディーは、東方全曲の中でも屈指の、シンプルながら力のある旋律です。なのでこれを入れると目立ちすぎるかなーという感があって、探していた時でも結構最初に候補から外してしまったため、とんでもない遠回りとなりました。しかし出来上がってみれば、この曲でなければ、両端をエソテリアに挟まれてなお自分の世界を構築できなかったのです。

 そうして大枠が固まったこの曲ですが、ここからも3つ目の苦難が待っていました。それが最後の調整段階で、エソテリアの部分でも感情の摩天楼の部分でも、ほんの一部を変えると全体のバランスまでおかしくなるという信じられないような事態が起きました。そしてこれを乗り越えるのに数ヶ月。原因としては簡単で、同じ形の繰り返しが非常に多いのですね。その中で僅かなパターンを使い分けて曲の抑揚を作っていかなければならない状態だったので、本当に1音で綺麗に流れたりぐちゃぐちゃに崩壊したりしました。



・楽曲解説

 結局作ってみたら、バガテルのレベルなどとうに超えた構成になってしまいました。とはいえTEMPESTで「分かりにくい」と言われまくった経験はかなり意識していて、「1回目の分かりやすさ」には構成面でかなり拘りました。その結果が「引き算」だったのですが、これは「出てくると誰もが予想する旋律を出さない」代物だけにやはり全体に無理がかかり、色んなところで辻褄を合わせて、そしてちゃんときっちり辻褄を合わせ切って1曲にできたなぁと。そんな曲だけに解説なんてしなくてもかなり楽しめるのですが、骨の髄まで楽しむためにはやはり裏側の仕掛けも押さえておきたいところ。


 この曲の前半は、尽く2種類の旋律で構成されています。5〜8小節(0:13〜0:26)で初登場する第一主題と、13〜14小節(0:39〜0:46)の第二主題。どちらも基本2回を1ペアとして運用しています。前半はこの2種類の旋律かその変形で、その全てが埋められています。よくよく聴くと前奏さえ第二主題の変形だったり。

 一転して中盤では、「感情の摩天楼」の旋律がメロディアスに奏でられます。この部分の音造りでは、C81でサークル「榛ノ木書室」のはるうらさんが制作したCD「秋景相聞歌」で何故か私にアレンジ依頼がきて生涯で初めて作ったボーカルアレンジ曲、「秋景相聞歌」で成功した和音構成をふんだんに使っています。右手の和音構成音の選択が独特の雰囲気を作る非常に大きなポイントとなっています。

 そして後半は再び先ほどの2つの旋律が・・・と思いきや、実は第一主題は出て来ません。74小節目(3:45)でそれっぽいものが出てはきますがもうここはラストに向うコーダ的な部分ですし、そもそもこの部分は第一主題の形こそ借りていますが役割は明白に異なります。これがこの曲の最大のポイントの「引き算」構成。

 つまりどういうことか。前半部では2つの主題が繰り返し提示されます。中盤で全く異なる旋律が曲を支配して、後半で元のエソテリアに戻ってくると、聴き手は当然「第一主題」「第二主題」両方が再び登場(再帰という)することを「無意識の内に」予想します。ですがしかし、第一主題は再帰されないのです。

 後半に入ると、最初に第二主題が再帰されます。聴き手は「無意識の内に」第一主題の再帰を予想し、第一主題のメロディーが来ることを予想します。ところがそれは出てこない。予想する旋律がいつ出るか、いつ出るかという緊張感が、曲を最後まで楽しめるものにするのです。


 なのでこの曲は構成上は前半と後半だけで成り立っていて、中盤は一度雰囲気を変えるためだけにあるとも言えます。とはいえきっちり雰囲気を変えなければいけない中盤もそれはそれで重要なのですが。中盤の役目、「雰囲気を変える」ことに関しては十分に注意を払っていて、嬰ニ短調⇔変ホ短調の「音の上では意味のない転調」を行なっているのもそのためです。これは演奏者にとっては嫌がらせ以外の何物でもないのですが、雰囲気の上では確かに前後半が嬰ニ短調、中盤は変ホ短調なんですね。

 そして、この手の三部形式で当たり前にある筈の「後半での主題の再帰」のうち、メインに当たる第一主題の再帰を欠くことは、当然構成上の大きな「歪み」になります。この歪みに楽曲が耐えて安定するためのポイントが2つあって、まずこの曲の全ての主題は2回1セットで運用されていて、必ず2回繰り返されることで構成上の安定性を確保しています。そしてもう1つは、不安定な後半で「新しい要素」を一切登場させないようにしています。例えば、76小節目(3:51)からは、それまで出てこなかった形が登場しているように見えます。がこの部分、右手は前奏部分の変形ですし、74小節目から続いている、左手に旋律が来る形も17小節目(0:53)からで既に登場させています。このように後半で出てくる全ての要素は、前半で既に用意されています。この2つのポイントは、楽曲構成としては非常に安定性側に振ったもので、これらが曲の全体構成が内包する「主題再帰の欠落」による不安定性をフォローしています。

 ただ、それはそれで作る上で大きな障害にもなりました。と言うにも、第二主題の登場回数がとんでもないことになっているという…(12回) この余りに回数が多い第二主題の末尾部分の処理は大別して3パターンを使い分けているのですが、3パターンで12回をもたせるのは至難の業。とは言えこれ以上パターン数を増やすと新パターン登場が後半に来てしまったりするので避けたい所。結果、相当ぎりぎりの線で使い分けて、何とか3パターンのみで上手く流れを作ることができました。弾く方も厄介かとは思いますが、ここは間違えずに覚えて頂きたい部分ですね。



・演奏の手引き

 微妙な差異がある似たようなパターンが多く繰り返される構成と、嬰ニ短調⇔変ホ短調という音の上では全く同じなのに表記だけが変わるという厄介な転調のため、見かけは取っつきにくいイメージがある曲かもしれません。が、演奏効果も出ますし、弾き方により結構色を変えることもでき、弾き甲斐がある曲です。また「引き算」構成は、事前知識皆無でも楽しめるという長所があります。それの意味する所は、クラシックの構成についての知識がない人にもちゃんと通用する上、初めてで1回聴かせるだけのシーンでも効果を発揮する訳で、使いやすさは抜群の曲です。自身でも、黒3こと「魔に魅入られた〜」には負けますがTEMPESTより出番が多いんじゃないかなー。

 alla marciaと指示がなされているこの曲ですが、実際に和音の連打をどんなイメージで弾くかはその人次第であり、演奏者によって大きな差が出ると思います。音源はほぼ私が弾いている味付けを再現してみましたが、適宜スタッカート化してクセのあるリズムを作っています。同じ11拍子でも第一主題は6+5拍子、第2主題は5+6拍子となっているので、味付け時にはその差を活かすのも良いでしょう。ペダルは「(スタッカート化部分などの)音を切りたい部分では踏まない」ことを徹底しないと、非常にのっぺらな演奏になってしまいますので注意。後半を生かすためにも、前半は奇をてらわずに大人しく弾くのがお勧めです。

 一転して中盤は一般的な4/4拍子。こちらはcomodoが指定されていて、テンポに適宜抑揚を付けると面白いことになります。私が好んでやるのが、左手の装飾音部分のみテンポを落とす弾き方。何故か1小節ごとに決まったテンポ変化のパターンを繰り返すのが似合う気がするのですがいかがでしょうか。この部分はメロディをしっかり目立たせることが重要です。左手にメロディがある時はその音を強めに弾くだけでなく、それより上に入る右手の和音を弱めてやります。やがてメロディは右手にきますが、ここでもメロディ音を他に対して意識的に強めに弾いてやると綺麗です。

 そして満を持しての後半部分。ここは出だしの66小節前後の処理に悩みます。ポイントは2つで、66小節最初の音を思い切り強打するか否か、テンポをいきなり元に戻すか徐々に戻すかの選択。どちらも完全に奏者の好みではありますが、この2点をどう処理するかに伴ってこの付近のテンポや強弱の変化をどうするかが変わってきます。例えばテンポをいきなり元に戻すなら、直前65小節目のritenutoは思い切り強く、それこそフェルマータが付くくらいまでかけたいものです。

 そして一番の見せ場は最後のラッシュ。77小節目以前までで音を大きくしすぎてしまうとその先のダイナミックレンジがなくなってしまうので注意。ここまでの抑揚がきちっと付いていれば、ここからはぶっ叩くだけでその威力を存分に発揮してくれる筈です。最終小節のテヌート付き和音を左右ずらして打っているのは私の個人的な趣向ですがいかがでしょう♪ 危険な賭けですが、74小節目から最後にかけて徐々に加速し続けるという手もあります。テクニックに自信があって、そういう弾き方が好きな方はどうぞ。

 全体を通したこの曲の表情付けのポイントは、「構成に即して弾く」ことに限ります。前半は後半部での構成のタネを仕込む部分にもなっていることを頭において、後半での爆発を見据えて控えめに。中盤はがらりと印象を変えて、中盤単体でイメージを確立させるように。そして後半は第一主題再帰欠落から来る緊張感を最後まで失わぬように勢いと力量感を保って弾きます。


 この曲は私の曲としては珍しく奏者依存性が高く、弾き手の解釈が曲の色を大きく変化させる、非常に弾きがいのある曲です。実はジャンプや高速移動といったこの手の曲で多用される技法は比較的出てこないので、「こういうの苦手〜」という人も一度はチャレンジしてみるといいですよ。


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