魔に魅入られた王達の國



原作:黒と黒と黒の祭壇〜蟲毒(C's ware)
原曲:魔に魅入られた王達の國
作曲:尾形雅史(サウンドエイムス)
アレンジ:chiquchoo(Presence∝fTVA)


楽譜音源


 この曲ほど紆余曲折を辿ってきた曲もなかなかないと思います。そして、ここまで他の曲で代替が効かない曲もないと思います。どんな場をも一瞬にして私の色に変える、必殺の切り込み隊長です。


 さて、何からお話ししましょうか。この曲が登場するゲーム「黒と黒と黒の祭壇 〜蟲毒〜」は2002年5月発売の、10年以上前の作品になります。ブランドのシーズウェアはEVEシリーズなどを大ヒットさせた、いち早くこの手のゲームに本格的なストーリー性を取り入れた有名ブランドの1つでしたが、度重なるバグ付きリリースにより信頼が低下、もうこの頃には青息吐息といえる状態だったと思われます。そんな中発売されたこの作品は所謂「調教モノ」、義妹の皇女兼聖女を堕とすという、一見お手軽そうな作品です。が、そこはやはりシーズウェアだったのでした・・・


 私のこの作品との出会いは、また別の角度でした。「めぐり、ひとひら。」をプレイしてお朱門ちゃん作品にはまって、登場キャラ「燕子花こりす」の元となるキャラがいるという事でぴぴっと目をつけました。ちなみにこの黒3(と略す)こそが、朱門優さんが初めて作品全体を1人でシナリオ書いた作品です。で、正にそのキャラ、チッセ・ぺぺモルを見事に大好きになってしまった訳で。未だに私が「キャラとして最も好きな」キャラです。この曲、「魔に魅入られた王達の國」は、残念ながらチッセの曲ではありません。というか、キャラのテーマに当たる曲ってこの作品にないのですねorz この曲は敢えて言うなら、「チッセが惚れた主人公グルーヴェル」の曲です。チッセの曲を挙げろと言われたら、プレイした人の多くはこの曲を挙げるでしょう。

 私が作品に触れた時点で、時は既に2008年の秋になっていました。同年冬にアレンジを始めて、いろいろ試行錯誤しましたがどうもぱっとした音が出ず。それでも自分が一番好きなキャラに関わる曲なので、どうしても諦めたくなく、ずっと保留にしつつたまにちょくちょくと検討をしていました。そしてついにきっかけを掴んだのが去年2011年の春で、そこからは一気に最後まで書き上げました。後は演奏が追いつくまで練習して、音の響きをしっかり確認しつつ少しづつ詰めていき、完成させました。こうしてついに私は、自分の一番好きなキャラの曲をこの手で奏でるという悲願を達成しました。


 この曲は音造り・構成ともしっかりしていますので、最後まで書き上げてからは一般系の演奏会や練習会でもちょくちょくと弾いていました。そしてその中で私はあることに気が付きました。元々終盤の凄まじい轟音などでウケはいい曲なのですが、この曲には「1曲目」の適性があるということに。そう、雰囲気を作れる曲なのです。

 この曲は1:42を境に曲調が一転しますが、それより前、前半部は淡々と旋律を刻んでいく部分、後半は低音の盛り上がりと強打で押していく部分に分かれます。只ならぬ雰囲気を持ちつつも堅実な前半で聴き手の楽曲への信頼をつかみ、爆発する後半で魅力を伝えるという、理想的な役割分担ができています。が、それだけではないのです。前半後半とも、単に落ち着いた部分・盛り上がる部分ではなく。前半は前半で旋律が様々に展開と発展をみせ、後半も多彩な要素が次から次へと登場して最後のヤマまで雰囲気を盛り上げ続ける。まるで旋律や要素が湧き出してきているように豊富にあって、それらを潤沢に使って分厚い構成が練られているのです。その結果、前半は前半で楽曲のクオリティに対する信頼を強固に構築することができ、後半も単なる和音の炸裂に留まらない強烈な印象を残すことができる。この1曲を弾き切った時、場がこの曲の色に染まり切っているのですね。

 こんな曲は今までありませんでした。練習会などで弾けば必ず曲名を問われるし、演奏会ではこの曲が切り込み隊長を務めた後にTEMPESTや残テを続かせることで、場の信頼を土台として相乗効果で爆発的な破壊力を発揮する。実はこの曲、まだ同人系の演奏会には一度も出したことがなく、弾いたのは全て一般の人相手の演奏会です。それもストリートコンサート的なものだったり、とある大学の学祭内イベントだったりで、聴き手は言うならば「その場にいた人」、音楽に興味があるかどうかさえ怪しいもの。それでもこの曲はばっちり通用して、演奏会終了後に観客の人に囲まれたりしたのです。ええ、同じ演奏会内でショパンとかシューマンとかベートーベンとかも演奏されてたのにも関わらずね!ww


 なぜにこの曲はここまで成功したか。当然アレンジした私も努力しました。構想段階で2年半かかってますし、自分の一番好きなキャラの曲だけに並々ならぬ思い入れ、絶対にこの曲をいいピアノアレンジにしたいという思いがありました。結果生み出したのがA-RPA(Augmented-RealPianoArrangement)と名付けた新しい技法。Augmented Realityこと拡張現実よろしく、RPA(原音基調)に対して、倍音他の高周波成分や、ピアノ曲に多用されるためにいつの間にか馴染んでる和音形とかを利用して違和感なく音を足し引きすることで、原曲基調のまま高い音響効果を生み出すことを可能にしました。この曲の後半部に特に多用されていて、凄まじい響きの源となっています。

 が、やっぱり一番の要因は原曲でしょう。A-RPA自体が原曲基調の延長上の技法ですしね。先ほど「まるで旋律や要素が湧き出してきているように豊富にあって、それらを潤沢に使って分厚い構成が練られている」と書きましたが、本当にこれに限ります。


 そしてちょっと話を戻せば、この状況がどれだけ異常なことか、容易に分かります。そう、この曲、エロゲの曲なんです。しかも調教モノ。この作品に用意されたBGMは15曲で、これはフルプライスで通る最低限の曲数と言われています。そこに何故、ここまで構成豊かな曲が転がっているのでしょう。

 その答えは作品の題名に隠れていました。この作品、BGMで「蟲毒」をやってしまったのです。蟲毒とは、チッセの説明を借りるなら「瓶のなかに毒蟲を詰める遊び」のこと。「種類も様々、形も様々。あらゆる毒蟲を詰めた瓶のなかでは、蟲たちが互いに相食み、餌とし合」い、「一匹、二匹と……おぞましい生存の争いに勝った蟲は、その牙で噛み砕いた相手の毒を得て、更に禍々しい毒素を持つようになり」、「そうした争いを繰り返し、最後に残った一匹は……この世で最も強く邪悪な毒を持った蟲とな」る、「そんな呪術(あそび)」のこと。

 この曲は、言うならばその最後に瓶の中にいる蟲の持つ毒なのです。この曲の中には、この作品の「黒」属性のBGMが殆ど全曲入っているのです。それも単なる旋律の引用などではなくて、主題がモチーフレベルまで分解された上で再構築されて。これがどの程度のものかというと、クラシックで同じ手法に辿り着くためには、ベートーベン辺りのソナタを当たらないといけません。更に言うとその中で同楽章内での主題の展開、或いは異楽章間で主題の受け渡しで使われるのと全く同じ手法なのですが、はてベートーベンのソナタを聴くような人でも、こうやって説明してぴんと来る人がどれだけいるのでしょうか。少なくともソナタの第一楽章はソナタ形式で云々かんぬんと語るのより、明らかに難しい内容になります。で、そんな手法が調教エロゲに涼しい顔して使われているという凄まじさ。この事に気付いたのはプレイから3年半以上経った今年2012年の6月のことで、楽曲の最後の詰めのために原作を読み返していた時です。だってさぁ、幾ら何でも調教エロゲのレベルでこんなことまでやっているとは、流石に思いませんもの。

 この作品、他の曲も構成こそこの曲ほどでないにしろ、雰囲気を十二分に引き立てる曲が揃っています。それらの旋律が集まったこの曲は、旋律の魅力を引き継ぐと共に潤沢な主題数による分厚い構成を持つ、最強の曲となったのです。音楽はシーズウェア作品の多くを担当する、サウンドエイムスの尾形雅史さん。もう勝手知ったる何とやら、なのでしょうね。この作品は朱門さんのシナリオがよく話のネタになりますが、尾形さんもさらっと凄まじいことやってます。言うならば「腐ってもシーズウェア」でしょうか。


 音源はまたも滋賀県立大学の音楽サークル「ALI」様にお邪魔した時に録音させて頂きました。というか大学祭でのミニコンサートに出演させて頂いて、その際の最終リハーサルの時に録ってみたものです。ちょっと安全側に振っているもののほぼ私のベストに近い演奏で、これ以上の録音もないので収録させて頂きました。



・演奏の手引き

 この曲は生演奏で聴いてこそ効果を最大限に発揮する曲なので、ピアノ演奏者の方は是非チャレンジしてみて下さい。難易度に対する演奏効果の比率はTEMPESTを超えて凄まじく、同人アレンジ云々を差し置いて単なる持ち曲として選曲する価値があると思います。最後の和音の炸裂の迫力は、通常サイズのグランドピアノを基準にすると、アップライトピアノで2〜3割ダウン、電子ピアノで3〜4割ダウン、大型グランドピアノで1割アップといったところです。ただし録音するとそこから3〜4割ダウンするのが痛いところ。この録音は大型グランドピアノによるものなのですが、録音で聴く限りだと家で電子ピアノ・アップライトピアノで弾いているのとそんなに変わらないのですorz

 なお今回は、吟味に吟味を重ねたchiquchoo流ペダリングも楽譜に記しておきました。16分音符単位でこの音に合わせる!とか、装飾音にタイミング合わせてとか、一見無茶苦茶な指示が飛び交ってます。が、まずは騙されたと思って指示通り踏んでみて下さい。馬鹿みたいに素早い踏み変えや何段階かのハーフペダルを要求せずとも、響きをしっかり確保しつつ&音のクリアさを最大限残しつつの、非常に高水準でのペダリングを実現していることが分かるはずです。私はハーフペダルは殆ど使わない人なので、ハーフorクオーターを使い分けるような方はそれを前提にペダリングを見直すのもいいでしょう。


 淡々とした前半部は基本に忠実に弾くに限ります。下手に表情豊かにしようとする必要はなく、淡々と、そして徐々に盛り上がっていく曲調に合わせ、必要十分な強弱変化をつけつつきっちりと旋律を刻んでいくのです。本当にここは、必要十分な強弱変化を除いて、一切の小細工をする必要がありません。そんなものに頼らなくとも、この曲の只ならぬ雰囲気はちゃんと伝わります。

 そして楽しみに楽しみに待っている後半の最初のポイントは、下り音階から連続的に入る、33小節目の右手5和音がきっちり強打できるかだったりします。ここから和音強打が4発続きますが、ここはノーミスは勿論ですがフルパワーでぶち鳴らすことがそれ以上に重要です。この曲の強打のポイントは、鍵盤を「叩く」のではなく「踏み抜く」こと。これは以後多用される低音のオクターブでも同様です。

 37〜44小節目は、メロディーを担う音のみをはっきりと浮き出させ、他は控えめすぎるほど控えめに鳴らすのがちょうどいいバランスです。特に最低音のBの連打は、力を入れすぎるとこの音だけがどんどん膨らんでいきます。打って変わって45小節目からは、ペダル踏みっぱなしのところに全ての音にクレッシェンドをかけ、音をがんがん膨らましていきます。ペダルを踏み換える48小節目が一旦ふっと落ち着いたように聴こえるくらいがベストです。

 そして47小節目以降は、和音は全てフルパワーの意識でいて下さい。ここで使えるテクニックが、左手で最低音のBを叩くシーンがありますが、この1つの鍵盤を叩くために左手の複数の指を動員する荒業があります。え、同時に鳴らすべき1オクターブ上のBはどうするのかって? 空いてる右手を動員して同じことをやるのみです← 私は左手345、右手23で弾いてますが、指使いはお好みで。体ごとピアノの低音側に思い切って持っていって、今まで以上に強く「踏み抜く」ことを心がけます。最低でも49&50&59小節目の3箇所の左手オクターブは、この両手打鍵で弾いて下さい。そしてもう1つのフルパワーが57&58小節目の右手の和音の連打。これは私の感覚ですが、打鍵してから最初の3/4拍は大人しく最初の音を伸ばしていて、そこから一気にラッシュをかけるといい感じです。なお右手左手が交互に入るようにすると楽で綺麗です。

 最後、59小節目は全く焦らなくて構わないので、確実にフルパワー×3発をぶつけて下さい。全ての音を慣らし終わった時、ようやく一人の奏者が通常鳴らしうるだろう範疇を遥かに超えた音がぶち鳴らされた実感が訪れる筈です。それは奏者には勿論、それ以上に聴き手に。


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