金名線 廃線跡探索


金名線とは?


北陸鉄道の路線のひとつで加賀一ノ宮から白山下までの16.8km。
昭和62年に廃止になった。
(Denkoの実家がある金沢市郊外から鶴来経由で白山下まで
往復約60km、自転車で8時間かかり、少々きつい)

ちなみに2002年10月13日に再探索した時は往復5時間! 大幅な短縮!


1回目の探索・・・2000年6月中旬
2回目の探索・・・2002年10月13日
※2回目の探索については緑で書いた。
2回目の写真をクリックすると大きな写真へジャンプ



今は終点である加賀一ノ宮を出てしばらく行くとサイクリングロードが現れる。





(A地点・白山下方向)
国道をくぐったところ。





(A地点からB地点の間のどこか・白山下方向)
ここら辺は新しい道路の工事をしていたが、ちゃんと廃線跡を
またぐようにして作られていた。蛇足だが、この辺はヘビが出る・・・





(B地点 手取中島の手前 急カーブ 白山下方向)
このあたりは一回目の探索のときはまだ未整備で草原だったが
二回目の探索の時には整備されていた。






(手取中島駅跡 白山下方向)
黒い柵の先に手取川橋梁があった。その話は下。
対岸が下の写真の地点。






(C地点 鶴来方向)
ちょうどこの先にある手取川を渡る手取川鉄橋を支える
岩盤に亀裂が入り、昭和59年に運転休止になった。
そして3年後の昭和62年に、亀裂の修復には莫大な
予算がかかるということで金名線は廃止になった。





(加賀広瀬駅跡 白山下方向)
前方にある建物の前あたりが駅跡。
ホームは写真の左側の広場にあったのだろう。





(D地点 白山下方向)
ここらへん(加賀広瀬駅から大日川駅にかけて)はサイクリング
ロードになっている。たいした勾配はないが、とにかく長い。
このサイクリングロード上にあった瀬木野駅、服部駅、加賀河合駅は
まったく残っていなかった。





(E地点 加賀河合駅と思われたところ)
写真真中のコンクリート台がまるでホームのようだ。
後から、ここは駅ではないと分かった。





(大日川駅・白山下方向)
ちょうど写真のバス停のところが、大日川駅だ。かつては
ここの道路を線路が斜めに横切っていて、ここに踏切があっただろう。
右に見える木造の建物は、石灰石ホッパーである。貨車に積んでいたかは
分からない。
二回目の探索のときは、稼動していた。

ここからサイクリングロードはなくなり、すぐ先に次の写真の
大日川橋梁がある。





(F地点・大日川橋梁の横)
これは白山下駅駅舎と並んで金名線の名物である。
ものの見事に残っている。ただ、橋げたが六角形のコンクリで
固められている。これはこの橋が崩れかかっている証拠であり
撤去される日はそう遠くない。







(上と同地点・撤去された大日川橋梁)
案の定、撤去されてしまった。どうやら新しい道路を作るらしい。
写真右から出ている白いものがそうだ。幅から、どうやら
サイクリングロードだけではなく自動車道と併設になるらしい。






(3つ上の写真から50mぐらい先から見た大日川橋梁跡)
写真中央付近



このあと、草ぼうぼうの廃線跡を無理やり突き進んだ。
一部サイクリングロードに工事しているところもあった。
下野駅はなんとなく場所がわかったが、手取温泉駅は
まったくわからなかった。さらにすすみ、金名線で最大で
唯一列車交換ができた駅、釜清水駅跡を見つけた。
ちょうどそば屋の裏にあった。





(G地点・手取温泉付近)
奥に見える建物が地図上にあるバードハミング鳥越




2

(釜清水駅跡)

ひどい写真である。もう気づいているかもしれないが、2回目の探索の
多くの写真の色が変である。これは、間抜けなことにフイルムを巻く前に
裏のふたを開けてしまったため、こうなった。この写真が一番ひどい。
Photoshopで修復したが、うまくいかない。誰かうまくできる人がいたら
やってみてくれ。(この写真は、修復していない)


現役時代の釜清水駅





(H地点・白山下方向)
釜清水駅をすぎたらまたサイクリングロード。
写真からわかるように、このころはまだできて間もなかった。
ちなみに写真上にある黄色い物体は写真の汚れで決して霊などではないぞ。





(上と同地点)
1年も経つとアスファルトの色もだいぶ落ち着く。
この日はよく晴れていたのに、前述のとおりこうなってしまった。
これも修復できる人がいたら頼む・・・




さらにずんずん進み、下吉谷駅付近のキャンプ場、
いこいの森(地図にあり)で小休止をとった後、
ヒィヒィ言ってチャリをこいで白山下駅についた。
下吉谷駅、西佐良駅、三屋野駅は
跡が全く残っていなかった。ただ、下吉谷駅は集落の位置と
雰囲気でだいたいどこにあるかわかった。






(白山下駅)
やっとついた。前にもあったがこれは金名線の名物だ。
今はバス停に使われている。でもよくぞ残ったものだ。
2回目の探索のときも残っていた。






白山下駅のホーム側





白山下駅の中 ひどく荒廃している。かつて白山登山客で
にぎわった面影はない。
2回目の探索ではきれいに整備されていた。その写真は
前述のミスで感光してだめになり、なし




まとめ

金名線は名前のとおり金沢と名古屋を結ぼうとした鉄道である。
だがその夢も20年前にこの白山下というところで尽きた。
ちなみに白山下という地名はない。そのあたりの本当の地名は
河原山という。鉄道があったころ、地元の客が「河原山まで」と
言って切符を求めたが、白山下だぞと駅員が言った話はすっかり
昔話になってしまった。このままその話とともに金名線の存在が
風化しないようにと願わずには、いられない。


二回目の探索を終えて


とうとう手取川橋梁が撤去されてしまった。これで残る金名線の
遺構は白山下駅のみとなってしまった。もう金名線の存在の風化は
時間の問題なのか。残念なことに、それは正解らしい。Denkoは
廃線跡のサイクリングロードを4時間走ったが、よく晴れているのにも
かかわらず、誰一人サイクリングしている人に会わなかった。
それだけ使う人がいないということは金名線の存在自体、
忘れ去られていることを意味しているに他ならない。
サイクリングロードの数箇所にある碑によると、
サイクリングロードの建設に4億円かかっているという。
この投資も無駄にならぬようにしたい。


END

能美線も探索予定あり


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