TEMPEST under the ground



 最早押しに押されぬchiquchooのエースとなった楽曲です。まごうことなき東方地霊殿BGMのピアノアレンジでありながら、クラシックの界隈にも十分に通じる曲構成と、適度な難易度からの演奏効果を兼ね備えた、正にこういう曲を待っていた!と言える東方クラシックピアノアレンジです。

 作り始めてからそろそろ2年になるのでしょうか、ようやくこの曲がどういうものなのか、作った自分自身が理解できてきました。東方地霊殿×テンペスト第3楽章(ベートーベン)の盤石の土台に載せるのは、主題再帰を最大限に利用した、3段の“ヤマ”をもつ重厚な構成。

 一方でこの曲は、その本質が徹底的に“表面”から排除されています。端正なれど地味、そして踏み込まないと表面しか見せてくれない。気を入れずに聞いていると、単なる“何だかよく分からないけど似たような旋律が繰り返されてる”曲になってしまう一面があります。尤もクラシック曲としてはオーソドックスな構成を取っている故、クラシックに馴染んでいる人であれば、一度聴くだけでもそれなりに楽しむことができるでしょう。しかし本気でこの曲に踏み込もうと思うならばきちんと構成を踏まえてこそですし、クラシックの感覚だけに限らず、原曲・原作の知識も必要になってきます。この曲では『死体旅行』が非常に複雑な登場の仕方をしていますが、これを読み解けると俄然この曲が面白く感じてくることでしょう。

 そしてこれだけ複雑な構成を持ちながらもこの曲は、原曲の旋律を比較的素直に表に出していますし、拍子や和声はごくごくオーソドックスな範囲内で収まっています。軽く聞き流すのであれば万人向け、しかしながらしっかり聴こうとすると途端に聴き手に“聴き手としての能力”を要求し玄人向けの難曲に化けるという、凄まじい二面性を持った楽曲。この解説文をここまで読んできた“貴方”は是非、この曲を本質に至って楽しんで下さい。


 以下ぶっちゃけて。この曲の解説文書くのもう5回目くらいですww いや、私自身新しい発見があるので前のものをそのまま入れる気にはならず・・・ もちろん以前の部分から引用しているところもありますが、結構細かく直してますし、前のバージョンで読んだ人もこの機会に読み直してみることをおすすめします。曲を聴いてみて訳が分からなかった人は最初からこの先を読み進めると“死ぬ”ので、携帯プレーヤーにでも放り込んで、流れが覚わるまで楽曲を聴いてみるといいですねー。そしてPCでプレーヤーを立ち上げ&(楽譜が読めるなら)紙に印刷した楽譜を手元においてこの先を読んでいくと、ぐっと分かりやすくなります。え、そこまでしなきゃいけないアレンジ作るな? いーえ、そこまでしてやっと面白さが分かるからこそ、面白いんですよ!



・構成解説

 どんな形であれこの曲の構成に触れようとすると、ある壁が立ちはだかります。同じ旋律が多すぎる!! これは意図した特徴ではあるのですが、そのままでは解説するにも厄介極まりないので、それぞれのパートを記号化してみましょう。

5-40小節(0:03-0:38)・・・A
41-56小節(0:38-0:54)・・・B
93-156小節(1:29-2:32)・・・*
158-175小節(2:33-3:02)・・・C
176-183小節(3:02-3:10)・・・D
220-235小節(3:45-4:01)・・・E

 これらを用いてこの曲の構成を表すと、以下のようになります。

A B A2 * C D A B2 E D2 C2 B3 A

 A2はAがある程度以上の差異を持って再帰(再び登場すること)したものを指しています。*については後で説明。


 さて、1つづつ見ていきましょう。Aはこの曲のベースになる主題で、ベートーベンのテンペストに酷似した形に煉獄ララバイのメインの主題を載せています。その基本形はBも同じ。楽曲は煉獄ララバイをほぼなぞる形で前奏→A→Bと進み、Bの最後を原曲から少し弄ることで次に再帰されるA2を属調に持っていきます。

 *の部分はソナタの展開部のように、AとB、2つの主題を絡ませつつ発展していく部分です。97小節目(1:33)からの4小節はBを続ける代わりに「死体旅行」の前奏の前半を弄ったもので置き換えています。141小節目(2:16)からはAの主題が細切れで登場して一気に登っていき、さらにもう一段細切れになって上昇の度合いを強めたのち153小節目(2:28)の「死体旅行」前奏後半のメロディーへと繋ぎ、登りつめます。

 そして第一のヤマとなるCは業火マントルですね。しっかり2回繰り返した後、死体旅行の旋律Dを緩衝に挟んで元のニ短調でAに戻ってきます。続くB2はしかし今度は上への転調を押しとどめ、アルペジオで一気に上がって続きを待ちます。

 ここに唐突に登場するのが死体旅行のEの旋律。ここでは左手にも変化があり、それまではいずれもテンペストを踏まえた形だったものが一転、塊感のある和音を多用した、Cのリズムを彷彿とさせるものになります。そして左手が大きな跳躍を見せる発展をした後、原曲通りの流れで再びDが出てきます。ここでのDの再帰は非常に自然なので、知って聴いていないと再帰と気付かないかもしれません。伴奏も直前のEから継いだ和音によるストライド奏法との組み合わせになっていて、一度目のアルペジオ伴奏から雰囲気が大きく変化していますので。

 そして満を持して再度のヤマ、Cの再帰です。ここでは発展と共に、だんだんと左手がテンペスト然の伴奏形に戻ってきます。と思うもつかの間、再び左手は和音となり、Bのメロディーを奏でます(そしてこの部分はちゃっかり原音のままのRPA!!)。途中で一段上がり、このまま登っていくのかと思いきや、292小節目(4:56)からはアルペジオの伴奏に戻るとともに少しねじれた響きの区間を通じて最初のニ短調を取り戻し、最後にAを奏でて終幕します。


・主題再帰というキーワード

 ところで、A〜Dまでの主題はそれぞれ2回以上、つまり複数回登場します。そしてこの、複数回登場というのがこの曲の構成上の大きなポイントとなっています。同時に厄介さの根源にもなっているのですがねorz

 複数回登場、つまり、主題の再帰(再び登場すること)がなされているということです。クラシック楽曲における構成の正体は、最も単純に言うなら“繰り返し”です。人間、初めて聴く旋律なんて聞くのが精一杯です。しかし繰り返されれば、初出の旋律も既知の旋律になり、つまりは知っている旋律で曲を組み立てることができます。するとそこに色々な変化や、その他の追加要素が入る余地が生まれるのです。

 もちろんアレンジの場合、旋律は原曲を通して事前に知っているのが普通です。それでも主題再帰、即ち曲の組み立ての中である旋律を一度出しておいて後からもう一度出すのが有効であることには変わりがなく、この曲は構成において徹頭徹尾、主題再帰におんぶに抱っこでお世話になっている訳です。


 主題再帰の使い方で、私がずっと憧れていたのが通称「第一上海」こと「Chinese Fantasy 〜上海紅茶館」の128小節目からのワンフレーズ。ちょっと前から上海紅茶館のメロディーに戻ってきていて、その伴奏型はそのままに、右手に「明治17年の上海アリス」の主題再帰をかけるのですね。これをずっとやりたがっていて、今回ついに実現させています。それがDの再帰部分(236小節目・4:01〜)で、直前のEを意識した、一度目とは全く違う伴奏型とのペアで再帰をかけています。もうちょっと目立つ使い方してもよかったのですが、これもこれでありかな。そしてもう1つ、主題を細切れにしたり、一部を差し替えたり、組み合わせたりという再帰による変化もやってみたかったものの1つでした。これは正に*で実現した部分。



・“ヤマ”に注目して楽しむ

 この曲はメロディーの殆どを地霊殿3曲の主題が占めていて、オリジナルの部分は殆どありません。更にその地霊殿の3曲も、構成中で明確な役割分担がされています。ちょっと確認してみましょう。

煉獄ララバイ(A・B)・・・楽曲のベースを築く旋律
死体旅行(D・E・*の一部)・・・旋律同士を繋いだり構成を発展させる旋律
業火マントル(C)・・・楽曲のヤマとなる旋律

 この分担は制作の極初期からこの形で決定していました。そしてこうやって明確に分担を設定しておくことによって、後からどんどんと構成を追い込むことができた要因になったと思っています。制作の順序としてはまずA〜Eまでのパーツを適当に考えて、この段階で早くも役割分担を固定。次に構成を“A B A2 * C 前奏再帰 A”くらいで最初は組んでました。そして実際に楽譜作って進めていくうちに、もう一度Cをヤマとして再帰させて、その前座にE→Dと使って、ならば前奏再帰の部分をDに置き換えて事前に出しておこう、とどんどん膨らんでいきました。なのでこれほどまでに複雑難解なのですねorz


 そんな複雑怪奇なこの曲の大枠をつかむには、この曲の“ヤマ”を起点に、ヤマを導出する部分へと攻めていくのがいいでしょう。この曲には3つの“ヤマ”が存在し、そしてそれぞれのヤマを導出する部分があります。先ほどの構成を再び示します。

A B A2 * C D A B2 E D2 C2 B3 A

 最初のヤマはもちろんC(2:33-3:02)です。A〜B〜A2で曲の基盤を築いておいて、次に出てくる*(1:29〜)によって最初のヤマ、Cを導出しています。この部分にはソナタ的な処理が多く使われていますね。ある意味この導出部のほうが“見せ場”度が高かったりしますw

 2つ目のヤマ、C2は、最初のヤマのそれを踏まえた導出によって導かれます。3:10で一度最初の旋律(A〜B2)に戻ってきますが、そこから唐突に入る新旋律E(3:45-4:01)に、最初のヤマの直後と同じ旋律D2(3:02-3:10)で繋ぎを挟むことで、一度目とは全く異なりながらも1曲としての統一感あるアプローチでヤマに持ち込まれます。ヤマ自身も最初から突っ走っている1度目と対比して、こちらは徐々に厚みを増していって後半にその本領を発揮します。

 そして最後のヤマは4;40からのB3。それまではずっと繋ぎの旋律であった部分が満を持して表に出てきます。そして途中からは*の部分(そしてこれは第一のヤマの導出部でもある)で用いた「死体旅行」での置き換えを再び使いつつ、和声的な変化なども入れ、正に最後の山に相応しいものとしてラストのAに繋ぎます。

 3つのどの“ヤマ”も、その“ヤマ”以前までの流れをしっかりと活かして構成されていることに気づかれると思います。言うならば、曲内に登場する各旋律が、曲内で“歴史”を作りつつ曲が進んでいくのですね。何度も聴いて曲の流れを覚えてきたら、もう一度この解説文を読んで全体構成、及び各“ヤマ”に至る流れを追ってみて下さい。3つ目のヤマがちゃんと“ヤマ”として認識できるようになった頃にようやく、この曲は本質を見せてくれます。



・演奏の手引き

 弾いてとても楽しく、また使える曲です。もしこの曲を、多少背伸びしてでも弾けると思われる方は是非手を出してみて下さい、決して徒労には終わらないと思います。

 難易度的にはほぼテンペスト第3楽章と同じくらいと思って頂いて構いません。実際はテンペストに比べると音が複雑だったり、ジャンプがあったりしますが、この辺りは意外と“何とかなります”。確かに転調を連発して山のように臨時記号が出てくるといかにも難しいように感じますが、音を覚えてしまえば逆に黒鍵がコンスタントに入ってくる分、形によっては弾きやすくさえなります。また多数の転調、そしてこの曲の最大の武器である充実した構成は、演奏効果の向上を演奏テクニックでではなく、譜読み段階の苦労で確保できるという一面があります。確かに音符を読むのは大変でしょうが、一度憶えた後はその通りに弾けば、難解なテクニックに頼らずとも、楽曲自体が演奏を引き立ててくれます。

 この曲のテンペスト譲りの美点として、私の楽曲としては異様なレベルで、難易度の割に演奏効果が出ます。私のこれまでの楽曲としてバランスの良い“陽気な足踏み”と比較しても、難易度は確実に下がっていますが、演奏効果は同等以上を確保できています。やはり構成で稼いでる部分が大きいんですね。クラシック曲と並べて演奏会のネタにもできますし、当然東方アレンジとしても使えます。もちろん単に個人的な持ち曲にしておくにも息の長いものになりますし、とにかく使い勝手が非常に良いのは嬉しいところ。

 弾き方としては正にテンペストのように、即ち通常の前期ロマン派の曲のつもりで仕上げれば大丈夫です。唯一の違いはAとBにおいて、右手に東方曲のパートと伴奏側のテンペストのパートが同時進行していく部分が多く出てきます。ここだけはちゃんと煉獄ララバイのメロディーが浮き出てくるように差をしっかり付けて弾くことが必要になります。228小節目からのジャンプを伴った和音の左手はダイナミックに弾きに行く人のほうがやはり多いかな。勿論間違いではありませんが、意外に古典派的に軽快に鳴らしてもちゃんと通りますのでお好きなほうでどうぞ。ここでミスタッチを連発するという方は、指使いを“常識にとらわれずに”再考してみて下さい。意外な指使いが意外にミスヒットが少なかったりします。


 テンポはかなり幅を持たせても大丈夫で、♪=160ではちょっと遅いかな〜♪=220だとかなり走ってるな、位の感覚だと思います。とはいえ実際に演奏する上では最低でも♪=160後半のテンポでスタートさせるべきでしょう。調子にのって弾いていると大概スピードアップしてきて、どんなにゆっくり弾き始めてもこのくらいの速度にはなってしまうと思います。もちろん出だしはゆっくり、という弾き方でも構いませんが。

 ただ当然、意図しないスピードアップというのは即ち暴走でして、そのまま難所につっこんで大崩れになる可能性大ですので、テンポ管理はちゃんとしなければなりません。基本はやはりある程度一定のテンポで、テンペストよりちょっと遅めがしっくりくると思います。テクニックに自身のある方はかなり速いテンポで軽快に弾くのも面白い味付けです。


 私の思いとしてはこの曲はとにかく“弾いてほしい”の一点です。演奏可能性の証明に関しては、私及び私以外の複数の人によって確認されていますし。単純にピアノ楽曲としても通用するような曲が、実は東方の同人アレンジ、ええ、なかなか面白いシチュエーションではありませんか♪

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