空中に沈みゆく輝針城



原作:東方風神録 〜 Mountain of Faith. (上海アリス幻樂団)
原曲:東方輝針城 〜 Double Dealing Character.
作曲:ZUN (上海アリス幻樂団)
アレンジ:Len-choo (冴月レン×chiquchoo・Presence∝fTVA)


楽譜音源


●どんな曲?

 決して派手さはないものの、シンプルな音と丁寧な構成組で着実に積んでいく楽曲です。TEMPEST under the ground の弟分と良く言われますが、構成的な切れ味が鋭すぎて初めて聴いた人が迷子になるTEMPESTに対して、こちらは一つ一つの技法を丁寧に登場させる質実剛健な構造です。非東方アレンジ曲も含めてでなら『陽気な足踏み』のほうが構成的に近いですね。

 構成技法としては「ABC-ADC型構成」「反復回数の制御」「意識させる旋律」といった、ベーシックなものが適度に組み合わされています。結果として出来上がった構成はとても王道的なもので、構成重視型アレンジに慣れている人ならば先を読めてしまうかもしれません。尤も、読めたら読めたで「その通りに進んでも」面白いのも構成重視型アレンジ曲の特徴なのですが。分かっていなくても面白いという構成のシンプルさと、分かっていても面白いという「構成重視」が原理的に持つ面白さが綺麗に揃っている曲です。


●構成分析

D(前奏) - A - A - B - B - C - D(間奏) - A - B - E!(『不思議なお祓い棒』部分) - C - C - D(後奏)

 原曲が『不思議なお祓い棒』の部分はE!として一つに纏めてしまっています。前半は接続部分とも言えなくもない印象ですからね。表でも見てみましょう。

開始小節(音源該当部)区間構成記号主題記号原曲
1 0:001-D(前奏)空中に沈む輝針城
220:242AA
380:443A
541:034BB
621:165B
701:286CC
861:487-D(間奏)
992:038AA
1152:239DB
1232:3510E不思議なお祓い棒
1413:0411CC空中に沈む輝針城
1573:2312C
1733:4213-D(後奏)



●「ABC-ADC型構成」について

 この曲の基本設計において最も大きな柱と要素が「ABC-ADC型構成」です。構成上これに当てはまる順番に主題が並ぶ曲は結構多いのですが、敢えて「ABC-ADC型」と分類するのはAにメインの旋律、Cにピークの旋律が入るものです。また BDはそれぞれに1つの旋律が入るのを意味するのではなく、2回登場するAからCに至るまでの間を異なる形で埋めていることを示します。このディスクだと「TEMPEST under the ground」も当てはまりますね。

 この構成が効果を発揮するメカニズムは以下の通りです。まずメイン旋律Aから曲がスタートし、Bの紆余曲折部分を経てヤマとなる旋律Cに至ります。その後は曲の安定のためもう一度Aに戻ってきて、ここから曲は後半部分に入ります。そして後半部分のヤマとなるのもやはりC。再帰の効果を利用して盛大に盛り上げる目論見ですね。しかしその目論見も、聞き手にバレてしまっては威力半減です。そのためには2回目にAからCに至るアプローチは、一度目とは異なるものを取らねばならないのです。ワンパターンではいけないということですね。

 このABC-ADC構成は、一番の盛り上がりとなる2回目のCも重要ですが、最も工夫しなければいけないのがDにあたる部分です。この曲では区間8〜9にあたる部分で、Bの再帰をコンパクトに纏め、続けてまさかの『不思議なお祓い棒』を持ってきています。そして予想だにしない旋律の登場に一瞬聞き手の意識から外れてしまったCが、そのすぐ後にここぞとばかりに再帰し、反復付きで曲をしっかり盛り上げます。正に構成の狙い通りの流れです。


●ただ繰り返す大切さ

 この曲でABC-ADC型構成が綺麗に決まっている要因の一つが、A、B、Cがそれぞれ1回ずつ、同じものが連続して登場していることです。2回目は多少音が豪華になっていたりしますが、構成レベルで見ると全く大した変化ではなく、事実上は単に反復しているだけです。しかしこの反復こそが、曲の流れを見事に制御します。

 というのも、頭にしっかりと残っていない旋律を再帰させても、威力は小さいのです。ですから初登場時にAとBはそれぞれ2回連続で登場し、音をしっかりと覚えてもらいます。原曲ではAの反復はあってもBは1回で通過してしまいますから、ほぼ構成のためだけにわざわざBは繰り返しを追加していて、繰り返しを実現するために、原曲にはないBのメロディーを和音にした部分を作っている訳です。

 そしてこの繰り返しは、早速次の再帰で威力を発揮します。区間7〜8での再帰そのものは、特にこれといった効果を狙わない、流れそのままのものです。しかし今度は両旋律共に繰り返しなしで1回で通過しているのが隠れたポイント。最初の時よりもあっさりと行ってしまうことで、その次に何かを挿入する構成上の空隙ができるのですね。そこに入るのはここぞとばかりのE!。

 …と、この順序での解説は聞き手向けのもの。作り手側としてはどうなっているかというと…(続きは本編でお楽しみください)