Bagatelle:東方妖々夢



原曲 : 「東方妖々夢」 より 「東方妖々夢」
作曲 : ZUN ( 上海アリス幻樂団 )
アレンジ : ちくちゅー (chiquchoo) ( Presence∝fTVA )
 

楽譜音源


●どんな曲?

 派手な音や長大な構成を持つ曲ではないですが、シンプル&コンパクトな中に色々な要素がぎゅっと詰まった楽曲です。構成面においては『東方 THEME PUZZLING』を名乗る作品の1曲目に相応しく、たった1回の主題再帰がとてもいい役目を果たしています。


●構成分析してみよう

 この曲の構成は非常にシンプルでわざわざ複雑な解析表とか持ち出す必要はないのですが、複雑になってくるととても文章で書くだけでは間に合わなくなりますので、この曲を解説用に生贄にしたいと思います←

 まず、この曲の構成を分析して書き並べると、以下のようになっています。

D(前奏) - A - B - A! - C - D(後奏)

 構成の表記法はクラシック流・ポップス系で結構違いますし、同じジャンルの中でも明確に書き方が定まっていない事も多いです。上の記述法は私のオリジナルですが、簡単に覚えられて同人クラシックアレンジというジャンルで使いやすいように工夫してあるので本作品ではこれを採用します。

 とても単純ですが、書き方を見ていきましょう。最初の前奏は第一メロディーにAを充てたいので、そして他でCまで使うのでDと置いています。前奏、後奏、たまに間奏も同じメロディーを使うケースはこういう書き方が楽です。書き分けたければIt(前奏)・Il(間奏)・Ot(後奏)でしょうか。

 前奏が終わると、10小節目・0:18から最初のメロディーが始まるので、これをAとしています。このメロディーは2回繰り返されているように見えますが、もし1回だけで終わって次に進んでしまうと中途半端なので、2回の繰り返しでひとまとまりとして扱うのが良いですね。27小節目・0:51から新たなメロディーが登場しますので、これをBと置きます。

 ではB次はCになるかというと、先程Aと置いた部分と同じメロディーが再登場します。音が増えたりして微妙に異なりますが、それは構成の上で区別が必要なほど大きな差ではないので無視し、再度Aを充てます。(“!”は後述)  この後に派手にグリッサンドを入れたりしていますが、これは構成上意味のある音列ではないので華麗に無視。続く旋律は全く新しいものなのでCとし、最後の後奏は前奏と変わらないのでD。これで構成表記が完成しました。

 同人クラシックアレンジの構成表記は、経験上これくらいラフにやるほうが分かりやすいです。というのもあまり細かい変化まで反映させると複雑になり、強い威力を持つ構成要素が見えにくくなってしまいます。クラシックやポップスでの使われ方と互換性のあるようにアルファベットを配分すると、もう少し情報が載って分かりやすいですね。(本作でもなるべく意識します。)

 そして、こうやって表記してみると、この曲の構成上の特徴がとてもはっきりします。この曲だと、見事にAの再帰(=再登場)以外何もないことが分かります。しかし原曲はD-A-B-C-(以下エンドレスリピート)なので、このAの再帰は単なる再帰でなく、原曲を変更して押し込まれた構成意図の強いものであることも分かります。こういう情報は表記に入っていたほうが良いので、再帰のAには“!”を付け、構成上の重点ですよと分かるようにしてあります。

 単なる構成の表記だけではつまらないので、もう少し内容を増やして表に整理するとこんな感じになります。


開始小節(音源該当部)区間主題記号原曲
1 0:000 (前奏)D東方妖々夢
100:181A
260:512B
341:073A
511:414C
672:125(後奏)D



●「再帰」一つで…

 この曲の構成上のポイントは区間No.3のA!、これだけです。原曲に対して1回再帰を追加しました、以上、です。しかしたったこれだけのことが、構成に大きな影響を与えることができるのを示すのもこの曲の特徴。

 まずこのA!が入ることで、曲のメインメロディーがAだと明確に定まります。「このメロディーがメインです!」とはっきりしていると、曲構成がとても安定します。反復や再帰は、曲の基盤を築いたり、曲の安定を確保するのに役に立ちます。おまけとしてこの曲の場合、A!の挿入によってコーダ付き三部形式が成立するようになります。A-B-Aの三部形式はクラシックでは王道の組み立てですね。またこの曲では音をつなげて弾くAに対し、スタッカート多めなB&Cというコンビネーションなので、A!の挿入によって両者が交互の配列となり、曲の流れの改善にも役立っています。

 そして、Aの登場は2度目なので、1度目より豪華にできます。A!ではカノンのように左右の手で呼応しあう音(しかも右手側は和音)に、更に強烈なオクターブの低音に、更に更に高音側に対旋律まで加えています。これを初登場時からやったら、とても各々の音を把握できませんよね?  登場機会が2度以上あると、どんどん新たな技法を追加する余地ができます。

 最後に、一度登場しているが故に構成上特別な効果が発生することがあります。この曲の場合、A!の代わりに新たな旋律Eを入れたとして、「ああ、“また”別の旋律が登場したな」という印象しかありません。同じ旋律であるA!を入れているほうが「おお、“まさか”ここでもう一度この旋律が来るか!」となり、聴き手の意表を突く面白さの大きい構成になります。主題再帰を曲内の落差コントロールに用いる訳で、この曲ではやっていませんが逆に、徹底的に特定の旋律だけで曲を進めておいて、ある時ぽんと新旋律を出すのも同じ効果があります。

 これらの効果は全て、一度登場している旋律を再び持ってくるからこそ発生するものです。同人クラシックアレンジに限らず、楽曲における構成の正体は、最も単純に言うなら「繰り返し」です。人間、初めて聴く旋律なんてただ聞くしかできません。しかし繰り返されれば初出の旋律も既知の旋律になり、つまりは知っている旋律で曲を組み立てることができます。するとそこに色々な変化や、その他の追加要素が入る余地が生まれるのです。

 「再帰」というとイメージ上は一気に難しくなりますが、それは時間軸のコントロールが加わった「繰り返し」に他なりません。適切なタイミングで繰り出される「再帰」は、パズルのように主題を組み立てていく構成系東方アレンジの“華”。曲を安定させたり豪華にしたり、或いは完全な意表を突いたりと、一つのピースが縦横無尽の活躍を見せる姿は、このジャンルでしか味わえない魅力です。